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TrackNo,774

Author:TrackNo,774
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★YUI ビアンコネロとストリートで出会う(2002年?)

...2002/01/01 00:00...

(要修正)
2002年、音楽の道への夢を模索していた頃、福岡天神のビアンコネロ路上ライブをきっかけに、西尾芳彦が代表を務める音楽塾ヴォイスを知り、2003年2月に入塾。

YUIとビアンコのつながりは、福岡の路上でライブをやってたビアンコにYUIが「デビューするにはどうしたらいいですか」とたずねたところからだったとか。


リンク→音楽塾ヴォイス
ビアンコネロ→Wikipedia

ビアンコネロ (bianco nero) は、日本のバンド。メンバー4人全員がシンガーソングライター。バンド名はイタリア語で「白・黒」という意味。

2006年10月の八尋の脱退を受け、現在古賀、稲田、古川の3人による新生ビアンコネロとして活動中。シングル曲などの代表作品には古賀の作詞・作曲した楽曲が多い。また、ライブでの進行を主に務める最年少の古川は、ビアンコネロのムードメーカー的存在として親しまれている。2007年3月21日のズボンドズボンとのツーマンライブにて初のバックバンドを迎え、4月15日ワンマンライブにて、このバックバンドがノーギャラでの出演ということが判明。
リーダー古賀たかしの実兄古賀拓也はイラストレーターで、ビアンコネロのCDジャケットのデザインを手掛けている。また、ビアンコネロの出会いから結成に至るまでを、柔らかいタッチで綴ったコミック「小吉-ビアンコネロ物語-」(発売元:ぴあ)も彼の作品である。
交友関係YUIとは路上ライブからの知り合いである。フジテレビ系音楽番組「僕らの音楽」で、共演も果たしている。
CDの発売・販売元はユニバーサルミュージック。


リンク→ビアンコネロ公式サイト



詳しく書かれてる雑誌がありました。

B-PASS 2006年7月号
「高校生になって、バイトを始めたわけですよ。そしたら時間がちょっとずつなくなってきちゃって、自分の思うように音楽ができなくなった。それは歌うことがなくなったってことで、私にとってかなり致命傷な感じがしたんですよね。1日、1日、わだかまりが大きくなるなかで、ふと自分には音楽の道はないのかなってポッカリ穴が開いたような気分になって。なにもない人生になると思った」

自分から音楽が消えてしまったなら、なにも残らない?

「と思った。その後、体を崩して入院することになって、考える時間ができて、学校をのちのち辞めるっていうのも決めたんですけど、中途半端にするのは良くない、やっぱり音楽やりたい!と思ってて。で、踏み出すキッカケとなったのがストリート・ライヴとの出会い。(福岡の)天神の駅でビアンコネロに遭遇して、生歌と生音に感動しましたよね。でまた、心に響く詞だったんですよ。もうそういう時の本能は鋭いみたいで。ライヴを終えたばかりのみんなにお疲れさまですって挨拶しに行って。本気で音楽をどうにかしたいと思っているんですけど、どうしたらいいのかなと思いまして、みたいな。高校も辞めちゃったし、専門学校かなと思ってるんですとかってタラタラ話したら、もっと気さくな場所、福岡には音楽塾っていうのがあるよって教えてくれたんですね。それからは縁が繋がってって、メンバーが音楽塾の人に言ってくれたら、その人はビアンコのライヴで既にお逢いしてた人で、あの子か、じゃあ連れておいでよって感じで通うようになって」

そのビアンコに話しかけた時には、YUIは歌を披露したの?

「してないしてない」

じゃあ歌声は全然聴いたことないけど、音楽塾の人に紹介してくれたんだ。

「多分、目が本気だったんですよ(笑)。なんかわかんないけど、私にとっては今しかない!でしたからね。実際、音楽塾とかストリートに出会ったことで世界が広がったし、自分で切り開こうとしたから、ちゃんと見たいものが見える、知りたいことが知れる位置にきたし」

じゃあ音楽塾に通うようになってから、曲を本格的に作り始める、と。

「そしてギターも弾き出したかな。音楽塾にギターが何本かあって。当時はお金がなくてギターを持ってなかったんで、早く行って弾かせてもらってたんです。でも弦を換えたのはいいけど、1個だけ逆巻きにしちゃって。あれれ、この弦だけ巻くと緩くなるぞ?!って。すかさずビアンコに、お前か?!ってツッコまれて、スミマセン、間違えました!って」

ククク。なーんかビアンコとの関係が部活っぽいんだよなぁ。

「うん。その頃もよく、お前、体育会系だなぁって言われてました」

でもたくさんある楽器の中でギターを選んだのはなぜだったんだろう?

「んー本能的に、かな?!とにかく音楽をどうにかしたいと思っていたわけですよ。だから音楽をもっと知りたくてバンド募集もよく見てたし。若いし、女の子だし、経験もないから、受け入れてくれるバンドはなかったけれど。でもなんでか知らないけど、本当に自分でもわかんないけど、バンドとかギターって普通に思いつくようなことじゃない気がするし。でも全部が出会いで、最初はエレキの方が好きだったのにアコギも弾くようになったし。曲作りするなんて思ってなかったから不思議だったけど。でもすごく恵まれてると思う」

ってことは、最初の音楽をどうにかしたい=歌を歌いたいだったんだ。

「曲をつくること、もっと単純に言えば、曲がコードでできてるってことすら知らなかったから」

学生時代、もしくは音楽塾に入ってから、人前で歌う機会ってあったの?

「よく歌ってたのはバイトの帰り道。夜、いつも通る田んぼに囲まれた1本道があって、ポツポツって立ってる街頭に寄りかかって歌ってた。でも朝も音楽聴きながら学校に行って、帰りも聴きながら帰ってくるし、ヘタすれば休み時間もね。あの、冬服になると袖があるじゃないですか。そこにヘッドフォン通して、ヒジついてるフリして聴いてるとか、そんなことまでしなくていいのにって今は思うけど(苦笑)誰もついてこれないですよね、こんな音楽バカに。行き返りに昼休みまで聴いちゃったら友だちできないですよ(笑)。高校に入ってからはたくさんできましたけど。そんなに寂しい学生生活ではなかったですよ」 


出会ったのが退学後なのかどうかがわかりにくいですねぇ。

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